神様に愛がなくて したのではありません。


今まで神様は、最後の死の場、最後の涙を流す場、最後の血と汗を流す場に

私たちの先祖を立てました。

このようにしたのは、神様に愛がなくてしたのではありません。

そのような場を解消するために、神様も、それ以上の痛みを感じられました。

愛する子女が死ぬその瞬間、父母の心は、どれほど苦痛であり、

愛する子女が苦痛を受けるのを見つめる父母の心情は、どれほど痛むでしょうか。

自分が死ぬよりも、もっと痛むのです。

このような痛む心情を抱え、人類歴史が始まって以降、苦痛を受けてきた神様です。

私たちは、一代を中心として一度苦痛を越えれば、

私たちの責任はすべて終えることができますが、

神様は、今まで私たちのたくさんの先祖たちが死の道を行くたびに、

涙の道を行くたびに、血と汗を流す道を行くたびに、悲しみと苦痛の道を行くたびに、

激しい苦痛を受けてこられました。


天一国經典天聖經 第一編 神様
第四章 解放してさしあげるべき神様
第一節 神様の恨と復帰摂理 P.104




サンクチュアリ教会の特徴

サンクチュアリ教会の迷惑行為・祝福結婚詐欺?

サンクチュアリ教会が認めたくない・訓読したくないお父様のみ言の数々

3日行事&サンクチュアリ教会&ルポライター米本和広さんのブログ

430双 氏族メシア勝利者 60家庭出現 

天聖経 直さないといけないところが多い。(文鮮明先生み言選集610巻278ページ)2009年4月27日の訓読会

サンクチュアリ教会の人 や 亨進様 は、黒い天聖経を読んでいるのですか?
2010年に天聖経は改訂されていない。


真のお母様が地獄に落ちるなら、お父様も地獄? 楽園?

ブログの嘘 

2007年5月11日  真のお父様が「お母様は 2013年6月16日までに自身を完成させなければならない。」とおっしゃった。
という嘘


サンクチュアリ教会が大騒ぎして論説したこと

サンクチュアリ教会の人からメールが来ました。
複数の分派が食口の奪い合いをしているみたいです。
お父様を信じているなら、なぜ氏族メシア活動をしないのですか?


七年の大患難

清平での解怨が再開され、誰が一番得をするのか?。


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私が死んで霊界に行ったとしても、いつでもあなた方に現われてあげましょう。

「ワシントン大会後の我々の使命」
1976年9月20日
ベルベディアにて


私の行為は、歴史においては唯一瞬の出来事ですけれども、永遠の立場から見た場合には、永遠に輝き続けるのです。
私が霊界に帰る時、私は道を開くことができます。
地上で苦労している者たちを助けることができるのです。

そういう立場に立つのです。

また霊界では、神の名によって苦労した者たち、そういう人たちは、霊界でも中心的な立場にいるのですが、とりわけ歴史上の苦労した聖人たちと一緒にいて、彼らをまとめ、ひきあげ、この世界の苦労の解放を早めるのです。
何のことかわかりますか。
これは天の戦略の一つです。

私はどんなに苦労が絶えなくても、もっと苦労しようと思います。
もっと誤解され、もっと非難されようとも、それに一言も文句も言わず、全てを受け、たずさえて霊界に行こうと思います。

そして引き続いて伝統をたてていきましょう。
そうすれば、いずれは私たちのやっていること、私たちの真理は勝利を治めるようになるのです。
私は分っているのです。

だから、私は霊界にいても、地上にいても働き続けます。
私が生きている間に、統一をなし遂げるかどうかというのは、小さな問題です。
仕事は続くのです。
そして私は霊界にいようが、地上にいようが、その中心となっているのです。
私の思想、計画、伝統、心情は間違いなく、統一の世界を目ざしているのです。

私が死んで霊界に行ったとしても、いつでもあなた方に現われてあげましょう。
同じように、同じ伝統をもって、この地上に完全な神の国を造るまで。

これが私のやっている、一番重要な作戦です。

私がやっているのは、10年先のためではありません。
永遠を基準として作戦を立てているのです。

私が地上にいようが、霊界にいようが、そのようなことが問題ではありません。

あなたたちには見えないかも知れませんが、私は霊界の組織、システム、様子を熟知しています。
あなたたちの目前には、もう新しい天地が開かれようとしています。
私はその時間表をはっきりと知っています。

新しい世界、新しい生活が必ず開かれます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お父様の日本巡回 (1965年1月28日~2月12日)
お父様は 1 月31 日早朝、明治神宮を訪ねられ、日本で最初となる東京の聖地を決定されました。
この日、 日本で初めてお父様主管の聖日礼拝が行われました。

「イエス様の最期と我々の覚悟」


まず日本を復帰しなさい。
先生以上に愛しなさい。
世界を、先生が愛する以上に愛しなさい。
父なる神様を、先生が愛する以上に愛しなさい。
もしあなたの前に先生が倒れれば、先生の死体に取りすがって泣いてはいけません。
先生が愛する神様を誰が愛しますか。
先生が愛する人類を誰が愛しますか。
先生が愛する天宙を誰が愛しますか。
先生が負った責任を誰が負いますか。
そのように愛せない立場で神様に嘆いてはいけません。
これが皆さんに残したい言葉です。


http://furuta65.fc2web.com/001/syougairotei_4/006.html
http://www.ucjp.org/wp-content/uploads/downloads/2015/02/6f0d06421aea01361d02cf10396280e0.pdf

***************************************************

「統一教会の群れをじっと見てみると、
世の中の汚れた習慣性がつきまとっています。

…皆さんたちのために、
ここにいる子女や一族の面倒はみませんでした。
…カインの息子、娘を救ってあげるためです。

…投入した結果が何ですか? 
すべて流れていきました。
入籍できる人は一人もいません。
全員失敗しました。…

父母がカイン世界を救うために犠牲になったのと同じように、
興進君と霊界に行っている4人の子女たちは皆、
自分の持って生まれた寿命を全うできずに
中途で急死した人たちです。

…皆さんが間違った環境を造り、
皆さんが間違った運転をし、
皆さんによってそのような事故が起きたという事を
知らなければなりません。

…蕩減復帰の恨を抱いていく
神様と真の御父母様に重荷を負わせたという
恥ずかしい事実を知らなければなりません。

…自分がしたいと思う通りにしながら、
御言をどれほど冷遇し、先生の行動に対して
どれほど不注意なのかというのです」

********************************************


(真のお母様のみ言)

私はお父様と約束しました。

『どんなにみ旨が大変でも、
自分の代で終わらせます』
と言いました。

そしてお父様に
『神様の創造目的を、
創造理想世界を成し遂げて差し上げます』
と言いました。

『私が必ず成し遂げて差し上げます』
と言ったのです。
そのために、私は変わらないでしょう。

お父様が逝かれる前、お父様は私に
『本当にすまない。本当にありがとう』
とおっしゃいました。

私は皆さんと一緒に、お父様が残されたみ旨を
成し遂げて差し上げたいのです。
落伍者となる息子、娘がいない事を願います。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

「み旨の道」

神様の前に捧げる祭壇の祭物としては、微塵の傷があってもサタンが讒訴することだろう。

無条件に天の前に捧げ、み意のままに任せる心が必要である。


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
自叙伝(P.62~)

祈りでずっと夜を過ごした後、明け方になって、イエス様が私の前に現れました。風のように忽然と現れたイエス様は、
「苦しんでいる人類のゆえに、神様はあまりにも悲しんでおられます。地上で天の御旨に対する特別な使命を果たしなさい」
と語られたのです。
その日、私は悲しい顔のイエス様をはっきりと見、その声をはっきりと聴きました。イエス様が現れた時、私の体はヤマナラシの木が震えるように激しく震えました。その場で今すぐ死んでしまうのではないかと思われるほどの恐れ、そして胸が張り裂けるような感情が一度に襲いました。イエス様は、私がやるべきことをはっきりとお話しになりました。苦しんでいる人類を救い、神様を喜ばしてあげなさい、という驚くべきみ言でした。
「私にはできません。どうやってそれをするのでしょうか。そんなにも重大な任務を私に下されるのですか」
本当に恐ろしくてたまらず、何とか辞退しようとして、私はイエス様の服の裾をつかんで泣き続けました。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

『真の父母経』(P.161~)から


私は、十六歳(数え)になった年、イエス様と出会い、深い霊的な体験をしたことがあります。それが啓示の始まりでした。その特別な出会いがあって以来、今まで、生きていらっしゃる神様と、イエス様を含めた霊界の聖賢たちと、絶え間なく対話をしてきました。その内容は、言葉では表現しきれません。神様は、ご自身の摂理の時に従って私を選択されたのです。

……



真の御父母様の生涯路程(1)(P.126)





三 召命と内的な準備(一九三五・四~一九四五・八)

神様の実存と原理の探求

 神様は御自分の時刻表に従って私を選択し、任命されたのです。
ところで、なぜそのようにされたのでしょうか。
問題は、神様に直接的にお伺いしてみなければなりません。
私が明らかに知っていることは、そのような使命が私に付与されたということです。
 救いの歴史に多くの事情を残しながら、今まで歴史の峠を越えに越えて、解決できないまま、門前まで神様が訪ねてきたというのです。
すなわちレバレンド・ムーンが少年の時、神様が門前まで訪ねてきて通告しました。
それがレバレンド・ムーンがこのみ旨を知り、出発した時だったのです。
 道を歩いていて、偶然誰かの話を聞いてこの道を出発したのではありません。
ある牧師から感動を受けて、このことを始めたのでもありません。
誰かに伝道されて、この道を行っているのでもありません。
それでは、その動機の出発点はどこですか。それは神様です。
 私がこの道に進む時にも、「神様いますか」と最後まで探し求め、神様がいらっしゃることをはっきり知って出発しました。
次には「神様に願いがありますか」と尋ねて、神様に願いがあることを知りました。
また、「神様、私が必要ですか」とお尋ねして、私が必要なことを知りました。
「それではどれくらい必要ですか」と問い詰めました。
 このように私が一度尋ね求めると、神様は、答えてくださるか、でなければふろしきを包んで他の所に行くか、しなければなりませんでした。

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真のお母様 特別晩餐でのみ言 2013年 天暦10月28日・30日





カナンに定着しながらどのように流れていきましたか?
世の中と妥協して結局は選民としての誇りと責任を忘れてしまいました。
その時毎に天の苦労がいかに大きかったかを私たちは歴史を通してよく知っていますね?

ところで真の父母様から祝福を受けた2世圏、
韓国の2世の子女たちは何名いますか?
日本も4万名を越えるといっていましたが、
韓国はもっといるでしょう?
ですから彼らが天一国において中枢的な役割をしなければなりません。
世の中を、この堕落した世界を導いていかなければなりません。
ところが大部分が流れていってしまったでしょう?
お父様の聖和以後にまず初めに収拾しなければならない事です。
私たちは違わなければなりません。

キリスト教2000年歴史もそうです。
イスラエル民族が責任を果たせず、
またキリスト教が形成されながら2000年間を経て来ながら
再臨のメシヤを迎えるといいましたが、
実質的には来られるメシヤが何の使命を持って、
どのように現れるのか知らなかったキリスト教歴史ではないでしょうか?

ですから多くの試行錯誤を経ました。
イエス様のみ言とは神様と父子の関係を説明した事だけです。
隣人を愛しなさい。
これは堕落世界で善を追求してきたすべての宗教がみな語る言葉です。
来られた使命と目的を説明できずに逝かれたではないですか?
その時しっかりとした弟子たちがいたでしょうか?
時間が流れていきながらこうだろう、こうだっただろうと言いながら
事実イエス様の誕生日としてクリスマスを迎えているのも事実ではないでしょう。

堕落によって偽りの父母、サタンの血統を受けた堕落人間は
良心があっても良心作用をまともにする事ができません。
条件を立てなければならず、蕩減を越えて行かなければなりません。
それなのにどのように行かなければならないのか知りません。
真の父母様によって私たちは摂理歴史を知るようになり、私たちが行くべき目標を知りました。
父母様が全てのことを実践しながら見せて下さいました。

父母様が蕩減復帰摂理を完成・完結・完了しました。
そして私たちの前に基元節を宣布されました。
神様が本来天地万物を創造され、人間まで創造され、抱いて来られたその目的をなして差し上げました。

6000年前にアダム・エバが神様と一つとなっていたならばその時に新しい摂理歴史がなされていたでしょう。
ところがお父様がこのように突然と逝かれるようになったのは皆さんをそれでももう一度生かしてあげるため、
私と共に働いた1世と2世を立てて責任を果たす立場に立ててあげるための愛でした。
それを皆さんは知らなければなりません。
わかりましたか?
皆さんには絶対信仰・服従のみです。
そして真の愛で全ての兄弟人類を抱く事において 皆さんが一線に立たなければなりません。
特に女性たち、公職者の夫人たちが先頭に立たなければなりません。
わかりましたか?

私がお父様との聖婚を前にして出発しながら
私によってこのうんざりするような蕩減復帰摂理は終わらせる。
お父様一人、再臨のメシヤ、男性一人だけではだめです。
私が最後まで共に行かなければなりません。
私が責任を果たさなければなりません。
私にも峠が多くありました。
しかし神様を解放して差し上げなければならないという一片丹心でした。

それゆえに人類の前に真の父母として堂々としているのです。
わかりますか?

善なる世界、堕落しなかった世界では神様が
どんな考えをするのか全てわかるようになっていました。
皆さんも私が話をしなくてもお母様が何を考えていらっしゃるのか、
このようにして差し上げなければならないだろうと、自ら悟らなければなりません。

そのような点であなたたちが祝福家庭の兄弟たちをみな引っ張ってきなさい。
眠っているあなたたちの兄弟、永遠な世界で顔を上げて
それでも皆さんによって彼らが少しでも良くなったと
感謝する心で生きるようにしてあげなければならないではないですか?
彼らが私の兄弟だと思うならそのまま放って置いていいでしょうか?
皆さんたちによって整理整頓してくれることを願います。
分かりましたか?

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10月9日アジア・トップガン修錬生へのスピーチ(韓鶴子総裁)


私の歳、16歳の時。
天の召命を受けて出発する時に決心しました。
私でなくてはこのうんざりとする恨み多き
蕩減復帰摂理歴史を終えることができないので、
私が必ずや勝利しなくてはいけないと決心しました。

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「国家メシヤと元老牧会者特別集会での真のお母様のみ言
天一国2年 天暦閏月9月20日(陽11.12)」

私が多くの恵みを受けましたが、どんな話をしましょうか?
皆さん、ご苦労様でした。
ところで、11月と言えば、収穫の季節・結実の季節ですが、私たちの生活を置いても、ここに座っておられる方々は、春とは言えないですよね。
秋ですか?冬ですか?ところで、どれだけ財産を持っていますか?私たちの財産は、私の兄弟たちです。
新氏族的メシヤの責任を果たしなさい。
言葉ではたくさん聞いてきました。
しかし、こうで難しく、ああで難しくと事情が多くありました。
しかし、最後だと思えば皆さんどうするでしょうか。
皆さんの人生において再び春を迎えることができないと思うなら、私たちは永遠の世界を知る者として、特別に父母様のご在世時に共に開拓し、働いてきた者として、責任があるのです。
責任。
アダムとエバが堕落をしたのも、この問題で深刻に考えることが出来ませんでした。
皆さん、スクリーンでマダラチョウの一生を見たではないですか。
全体長が3~4センチしかないから、その頭脳は針の先ほどの大きさにしかならないでしょう。
しかし、一度も行ったことのない場所に行って、行った蝶たちは死んで、再び幼虫として生まれた新しい蝶が、また以前死んだ蝶が飛んできた所に飛んでいく…。
これは不思議で奥深い事ではないでしょうか?
どのように〜?
人間はコンパスもあり、学んだものもあるので、探して行けますが、小さな点一つほどの、針の先で指した穴ほどにしかならない小さな脳を持って、いかにして安全に無事に航海して繁殖をするのでしょうか?
責任を行うのでしょうか?このようなことを思う時、私たちは自然を前にしても全く恥ずかしい人生を生きてきたことは事実です。そうですか?
そうではないですか?
ところで皆さんはお父様がいらっしゃる時に記憶される人々であるという点です。
お父様が記憶されている人、ですから皆さんを新しい時代、天一国の主人の位置に立てて下さろうとされたのに、考えてみてください。 民がない王はあり得ません。
国家メシヤ、氏族的メシヤの責任を果たす上で、私たちは民を作らなければなりません。
伝道をしなければなりません。
そうしてこそ自分に与えられた責任が果たされるのです。
そうではないですか?
責任を果たせなかった人は、未来がないのと同じです。
そのような生涯を送りながら、名もなく、光もなく、地上を去るつもりですか?
そうなってしまってはいけないでしょう。
ですから、今日、皆さんを呼んだ目的は、愛しているからです。
皆さんを愛しているためです。
私と共に行かせようとするためです。
私たちは、もっと早く、より大きく悟って努力をしていたならば、お父様の聖和式も、この程度の環境ではなく、国家的な基盤の上でお送りすることができたでしょう。
そうではないですか?
このように考えるとき、皆さん、私が生きていることが、いかに皆さんにとって祝福であるでしょうか?
分かりましたか?
ですから今、皆さんは先延ばしにしてはいけません。
今回のドクターレクや、フィリピンの勝利した家庭もそうです。
何も無い所から始めました。
一人で始めました。
行えばできるのです。
なぜ皆さんは出来ないのでしょうか?
50年、40年従って来て、祝福家庭であり、先輩家庭であり、国家メシヤであり、立派な名称は持っています。
ところが、その名称をもつ程に責任を果たしたのかが問題です。
(やり遂げます。)
ありがとうございます。
さっき金萬皓事務総長が報告したように、韓国が第5国連事務局になれない理由はないのです。
なることができます。
しかし、私たちのためです。
私たちが責任を果たせませんでした。
私たちの勢力が大きかったらどうでしょうか。
責任意識を強く感じるべきです。分かりましたか?
今や、あなたの息子、娘にまで引き継がせないで下さい。
私がそう言ったでしょう。この6000年のうんざりとする蕩減復帰摂理は、私の代で終わらせる。
私たちの息子、娘も自身の責任分担があるのです。
ところで、皆さんも例外ではありません。
機会を与えましたが、今や、これ以上遅らせてはならないという結論です。
ですから、皆さん、決心して立ち上がるでしょう?
今先ほど、キム・ミョンデさんが100日間精誠を込めれば出来ないことはないと言いましたが、皆さんが父母様と一心・一体・一念・一和、日々そのような生活をするならば、私たちの前に障害物はあり得ません。
環境が切り開くのです。
皆さんはそれを実感する時代に生きているのに、皆さんが鈍いからです。
マダラチョウよりも劣っていていいのでしょうか!
そしてまた、私は自然ドキュメンタリーが好きで、それをたくさん見ていますが、私は数日前に聞いた話なのですが、アラスカに生息する、何と言う鳥?シギ。
このシギがですね、越冬するために十日間をノンストップで飛んでオーストラリアに行くと言うのです。
これは不思議ではないですか?ノンストップです。
そのように飛んで行くために準備をするというのです。
それは誰が教えたのでしょうか?
私たちは自然を前にして、あまりにも恥ずかしいです。
私たちが自分の隣人や自分の氏族を、この国を復帰するために、そのように食べず、眠らず、十日間そのように心を砕きながら努力しましたか?
話せない鳥も一族を繁殖するためにそのように努力するのに、万物の霊長として創造された人間です。
天の父母様の創造物の中で最高の存在です。
これが蝶よりも劣り、鳥より劣って良いのでしょうか?
恥ずかしく思うべきです。
これを教えて下さったのに、真の父母様が全て教えてくださり、どのように生きるべきであり、どのように終わりを結ぶべきであるのか(教えて下さったのです)。
終わりを結ぶべきというのは、永遠の世界で永遠に父母様と共に暮らすことができる皆さんの環境を整えるということです。
それで老いたからと言って、7年生なら、年寄りでしょうか?
私も7年生ですが。
ですから、私は健康管理するように、運動するように言いましたね?
皆さん、若くなりたいでしょう?皆さんの心から若くもって下さい。
草創期に、皆さんがこのみ言に接した時に興奮していた、すぐに国を復帰し、世界を復帰することができるような、そのような心ではなかったでしょうか。
今や、これまでの多くの環境が造成されています。
問題は、皆さんです。
16世紀に聖書が英語版として翻訳されてから、信仰の自由を求めてピューリタンが大西洋を渡ってアメリカに移住したでしょう。
その時、彼らは命をかけました。
ですから準備した穀物を来年の種蒔きのために残しつつ、飢えて死んで行きました。後代を考えたという話です。
そして、その穀物の実を収めた時に一番最初に天の前に感謝する、それがサンクスギビングデー(Thanksgiving Day)の起源です。
だからちょっと早い気もしますが、今日は皆さんに私が、多分その時の時代には、近くに接することができる大きな肉は七面鳥しかなかったのか、七面鳥と伝えられていますが、今日、皆さんに七面鳥をご馳走したいと思います。
1620年にピルグリムファーザーズ(Pilgrim Fathers)がプリマス・ロック(Plymouth Rocks)に到着したその表示があります。
ところで皆さんは、天一国の何ですか?
勝利者になるべきでしょう!
先祖になるべきでしょう!
そのような名札をもらうべきでしょう!
しかし、口先だけで良いでしょうか。
実践躬行しようとすれば体で動かなければならなりません。
分かりましたか?
そうするつもりですか?信じても良いでしょうか?
本当に純粋に愛する心で皆さんを信じたいです。
これ以上、私を失望させる皆さんとならないことを願います。

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2020年に神様に天一国をお捧げしたい。
皆さん手伝ってくれますか?


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天一国原聖物伝授式 真の父母様祝祷   天暦4年3月15日 (16.04.21)

敬愛してやまない天の父母様!

あなた様は御自身の夢を実現するために
天地万物を創造され、
人間先祖となることができるアダムとエバを創造されました。

あなた様の創造の原則が人間とひとつになっていたので、
アダムとエバが責任を果たし天の父母様に侍る立場で
人類の始祖になっていれば、
今日のこのような現象は起きなかったはずでした。

しかしながらアダムとエバの堕落により、
天は6千年という悠久なる歳月である
恨と悲しみの歴史路程の中で、
それでも本来創造された理想がございましたので、
人間先祖が出てきて
あなた様を解放して差し上げることの出来る
その一日を待ちこがれながら、忍耐して来られました。

6千年を経た1960年にあなた様が探し立てられた
独り子・独り娘により
真の父母様の名前が地上に誕生しました。

しかし2000年の間準備して来られたキリスト教の基盤が、
その環境と垣根になってくれることが出来なかった
現実に対して、最低の立場から踏み上がって来た
8段階路程を通じて、
真の父母様の切なくて事情の多い日々がありましたけれども、
それでも真の父母様は
祝福子女たちをたくさん輩出いたしました。

しかしサタンの勢力圏内にいるこの祝福子女たちの信仰が、
父母様を中心として絶対信仰、絶対愛、絶対服従で、
父母様と一つになった立場で繁殖して
行かなければならない責任があったにもかかわらず、
その責任を果たすことよりも、まず先に自分自身のことを考え、
環境に揺れる信仰生活をしている子女を見る
真の父母様の心は、あまりにも切ないものでした。

天の父母様、もう一度矜恤(きょうじゅつ 哀れみ恵む)の恩賜を、
真の父母様の望みを奉じる祝福子女たちとなることができる
祖国圏を立てて、
真の家庭としての影のない正午定着となった信仰基準から、
新たに立てて下さった天一国の真の民として、
その使命と責任を果たす祝福子女たちとなり、
天の父母様が願われ、
真の父母様が73億人類を抱こうとするその事情の前に、
責任を完遂することができる統一の子女として
生まれかわることのできるその立場を祝福するために、
もう一度真の父母様の名前で、
天の父母様に矜恤のこの聖物を通じて
新しく誕生し永遠なる本郷苑に行くことができる、
影のない、サタン圏内のわずかな痕跡もない、
そのような姿で本郷の地へ行くことができる、
最後の真の子女の姿になることができる、
祝福の恩賜を下さるこの聖物であることは、
全世界統一家の子女たちは
天の父母様に喜びながら感謝を捧げ、
最後の最善を尽くすことができ、
誇らしい歴史に残ることのできるあなた様の子女を、
73億人類を、
真の父母様の懐に抱かれるようにして上げることのできる
責任を果たす子女たちになることができるように、
もう一度矜恤の救いを施して下さることを、
真の父母様の名前で祝願申し上げます。

アーヂュ。



矜恤(きょうじゅつ)の意味・・「あわれみめぐむこと」



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「神様は泣いておられる」      
御旨と世界607

 外にいる人々に唾をかけられたり、打たれたりしても、そういうことが苦しいことではありません。
かつて共に食口として歩んだ人が、神を裏切って去っていく時、それ以上悲痛なることがあるでしょうか。
そういう痛みまで体験して初めて、イエス様が外的な敵、すなわち具体的に十字架に釘づけた人々による外的迫害、裏切りだけでなく、ユダによる裏切りのごとく、最も痛い内部からの内的迫害を受けた方であることと、その痛みというものを少しでも理解することができるでしょう。

 先生は共産陣営のみならず、自由主義の韓国においてさえ、刑務所生活を体験しました。
西大門刑務所に行ったその日のことは、永遠に忘れることができないでしょう。
その日、刑務所に引かれていく時、一人の教会から去ったかつての食口が先生に駆け寄ってきて、侮蔑に満ちた嘲笑を浮かべながら言ったのです。
「あんたはまだそんな馬鹿なことをやっているのかい、俺のように早く卒業することだな」と……。
先生は永遠にその男のことを忘れることはできません。
一言も語らず黙然として彼の前を引かれていきましたが、心の中で神に向かって叫びました。
「神よ、今こそあなたの義と、私のあなたに対する従順を証させ給え」と。

 このようなことを一度ならず幾度となく味わってきたのですから、目を閉じて祈り始めると、いつも涙を止めることができずに痛哭する先生です。
神のそういう悲しい内情がよく分かるからです。
そして同じ事情を味わい、その心情を知ればこそ、そういう神の心情を誰よりも慰めることができるのです。
親はもちろんのこと、妻も子供も分かってはくれない、一人として理解する者もない、そういう時こそ、孤独なる神の友となることができるのです。

 一人の男がこんなにも弱くなり得るものか、と思ったこともありました。
ある意味では同じ弱き一人の人間に変わりないのです。
しかし自分をそんなにも頼りにしている神であることを知っていますから、そういう神の心情を思うと、いても立ってもいられなくなり神の願いを果たして神を慰めたいという思いにかられます。

 「神よ、全能なるあなたは、その望むところの何事も成すことがおできになりますのに、御自分の子なるアダムとエバの罪のゆえに、御自身をそのような苦悩の中に陥れられました。
苦しむべきいわれもないあなたが、かくも寄る辺なき身となられて、真に頼ることのできる子女を、そんなにも長い間ひたすら待ち続け、探し求めてこられました。私にはそういうあなたのお心がよく分かります」。

 誰でも、先生の内面の世界をかいま見ることでもできたならば、ただ“わっ”と痛哭せずにおれないでしょう。
特に、常に神に祈り、霊界を見たり啓示を受けたりしている霊通者たちは、みなこういうことを言ってきます。
「文先生について祈る時は、いつも決まって神様からの答えは“涙”です」と。
先生のことを祈ると神様は泣かれるというのです。
寂しい一人の人、文先生を見つめる時、人知れずすすり泣いておられる神様なのです。

アージュ!

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「真の人生 」
         
自叙伝 P.234

 良心が涙をぽろぽろ流して泣く声を聞いたら、その時にしていることはすぐ止めなければなりません。
良心を苦しめることは、自らを滅ぼすことだからです。
良心を悲しませることは、結局、自らを悲しみに陥れることです。
  
 真の人生は、個人の私的な欲心を捨てて、公益のために生きる人生です。
これは孔子やイエス、釈迦やムハンマドなど、世界的な宗教指導者であれば誰もが語る、古今東西の真理です。
この真理は、誰もが知っていて、あまりにもありふれているので、かえってその価値を見失いがちです。
しかし、いくら歳月が過ぎ、世の中が変わっても、この真理だけは変わりません。世界がいくら急速に変わったとしても、人が生きていく本質は変わることがないからです。
 
 自分の最も親しい先生は自分の良心です。
最も親しい友人よりも貴く、父母よりも貴いものが自分の良心です。
ですから、一生を生きていきながら、最も親しい先生であるこの「良心」に、「私は今、正しく生きているか?」といつも尋ねなければなりません。
良心が自分の主人だという事実を悟り、心を磨き、生涯親しく過ごしてみれば、誰もが良心の声を聞くことができます。
良心が涙をぽろぽろ流して泣く声を聞いたら、その時にしていることはすぐ止めなければなりません。
良心を苦しめることは、自らを滅ぼすことだからです。
良心を悲しませることは、結局、自らを悲しみに陥れることです。
  
 影のない人生を生きなさい(正午定着)」影のない人生とは、すなわち良心に引っ掛かることがない人生です。
地上での人生を終えて霊界に入っていけば、生涯、自分が生きてきた人生が、録画テープが回るように展開します。
天国に行くか地獄に行くかは自分の人生によって決定するのです。
ですから、一点の影もないきれいな人生を生きなければなりません。
 
 心を明るくし、清めようとすれば、世の中と離れて、私と私の心、この二つだけが対面する時間が必ず必要です。
とても孤独な時間ではありますが、心と親しくなる瞬間こそ、私自身が心の主人になる祈りの場であり、瞑想の時間です。周囲の騒々しさを退けて、心を静めていけば、心の中の最も深い所が見えてきます。
心が落ち着くその深い場所まで降りていくためには、多くの時間と労力を注がなければなりません。
一日でできることはありません。



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「愛の墓を残して旅立つ人生」
              
自叙伝236
 
 「人生80年」と言います。
喜怒哀楽が入り乱れる80年という歳月は、本当に長く見えますが、その中で、眠る時間、生活の資を得る時間、遊ぶ時間、諸々の雑事に追われる時間などを除外すれば、わずか 7年しか残らないといいます。
私たちがこの世に生まれて80年を生きても、本当に自分自身のために使える時間はわずか7年だけです。
 
 自分の命が尽きて体が地の中に埋められる瞬間、生涯の富と栄華は一度に泡となって消えてしまいます。その人が自分の自由に使った7年の時間だけが残り、後代の人たちに記憶されます。その七年の歳月だけが、80年の生涯を生きて自分がこの世に残す痕跡なのです。

 人が生まれて死ぬことは、自分の意志によるものではありません。人は、自分の
運命に対して何も選択することができません。生まれても自分が生まれようとして生まれたのではなく、生きていても自分の思いどおりに生きることができるわけでもなく、死ぬとしても自分が死のうと思って死ぬのではありません。
このように、人生において何の権限もないのに、自分は優れていると誇れるものがあるでしょうか。
自分自身が生まれたいと思っても生まれることもできず、自分だけの何かを最後まで持つこともできず、死の道を避けることもできない人生ですから、誇ってみても侘しいだけです。
 
 人よりも高い位置に上がったとしても、一瞬の栄華にすぎず、人よりもたくさんの財物を集めたとしても、死の門の前では一切合財捨てて行かなければなりません。
お金や名誉や学識、そのすべてが時と共に流れていってしまい、歳月が過ぎればすべてなくなってしまいます。いくら立派で偉大な人だとしても、命が尽きた瞬間に終わってしまう哀れな命にすぎません。
自分とは何か、自分がなぜ生きなければならないのかを、いくら考えても分からないのが人間です。
したがって、自分が生まれた動機と目的が自分によるものではないように、自分が生きるべき目的も、やはり自分のためではないことを悟らなければなりません。
 
ですから、人生いかに生きるべきか、ということに対する答えは簡単です。
愛によって生まれたのですから、愛の道を求めて生きなければなりません。
父母の果てしなく深い愛を受けて生まれた命なので、生涯その愛を返して生きなければならないのです。
それこそが、私たちが人生において自らの意志で選択できる唯一の価値です。私たちに与えられた7年という時間の中に、どれほど多くの愛を満たしたか、ここに人生の勝敗がかかっています。
 
誰でも一度は肉身という服を脱いで死にます。
韓国語では、死ぬことは「トラガダ」と言います。
「トラガダ」という言葉は、もともと出発した所、すなわち根本に再び戻るという意味です。
私たちが生きているこの宇宙のすべての活動は循環しています。
山に積もった白い雪が解け、渓谷を流れ下って川の流れとなり、海へと流れ出ていきます。
海に流れ込んでいった白い雪は、暖かい太陽の光を浴びて水蒸気となり、再び空に昇って雪や雨の滴になる準備をします。
そのように、本来いた所に帰るのが死です。人が死んで帰る所はどこでしょうか。
心と体から成る人の命から体を脱ぎ捨てるのが死なので、本来、心がいた所に帰るのです。
 
死を語らないまま生を語ることはできません。
生の意味を知るためにも、私たちは死とは何かを正確に知らなければなりません。
どのような生が本当に価値あるものなのかということは、今すぐにでも死ぬかもしれない窮地に追い込まれ、1日でも長く生きようと天にすがりついて泣き喚く、そのような人こそが知り得るものです。
それほど貴い1日1日を、私たちはどのように生きればよいのでしょうか。
誰もが渡っていかなければならない死の境界を越える前に、必ず成し遂げておくべきことは何でしょうか。
 
 最も大切なことは、罪を犯さず、影のない人生を生きることです。
何が罪なのかという問題は、宗教的に、また哲学的に多くの論争の種になりますが、はっきりしていることは良心が躊躇することをしてはならないという事実です。
良心に引っ掛かることをすれば、必ず心に影が残るのです。

その次に大切なことは、人よりもっと多くの仕事をすることです。
人に与えられた人生が60年であれ70年であれ、時間が限られていることに変わりはありません。
その時間をどのように使うかによって、普通の人の2倍にも3倍にもなる豊かな人生を生きることができます。
時間を必要度に応じて細かく刻み、一瞬でも無駄に使わずに一生懸命働けば、その人生は本当に貴いものになります。
人が1本の木を植えるとき、自分は2本3本の木を植えるのだ、という勤勉で誠実な姿勢を持って生きるべきです。
自分のためにそのように生きよと言うのではありません。
自分よりも人のために、自分の家庭よりも隣人のために、自分の国よりも世界のために生きなければなりません。
世の中の大概の罪は、「個人」を優先するときに生じます。
個人の欲心、個人の欲望が隣人に被害を与え、社会を滅ぼすのです。  

 世の中のあらゆるものは通り過ぎていってしまいます。
愛する父母、愛する夫と妻、愛する子供も通り過ぎていってしまい、人生の最後に残るのは死だけです。
人が死ねば墓だけが残ります。
その墓の中に何を入れれば価値のある人生を生きたと言えるのでしょうか。
生涯かけて集めた財産や社会的な地位は、すでに通り過ぎてしまった後です。
死の川を渡っていけば、そのようなものは何の意味もありません。
愛の中に生まれ、愛の人生を生きたのですから、生を終える墓の中に残るものも愛だけです。
愛によって生まれた命が、愛を分かち合って生き、愛の中に帰っていくのが私たちの人生なので、私たちは皆、愛の墓を残して旅立つ人生を生きなければなりません。


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巨文島に向かうヘリ機の中で
「統一教会をもう一度やり直したい」
と言われ、泣き続けられたのです。





「神様が保護する事のできる理想の国で死ぬべきではないのか?

私がそのように生きていく事ができなければ、私の生涯は悲惨な生涯ではないだろうか?

だから死ぬ前にその国を取り戻して、一日でもいいからそこで暮らしてから逝かなければならない」

というのが私の一生の願いです
(2003.2.5)



2011年11月28日に真の御父様は済州島を一周されて、
その夜に寝ることができず、29日の午前3時ごろ、
済州島の責任者たちを呼ばれて、結果が出ていないことに対し叱られました。



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食口たちに当てた手紙より(1965.6.30)

40年以上の生涯を涙と血と汗で濡らしながら手にした
その地と民族、その中でも、食口たちを
どうして忘れる事ができるでしょうか。
将来の平安な祖国と食口たちの安泰を
夢にも忘れる事ができません。

いくら外国の文化が優れ、偉大だとしても、
心情を通して連結したその崇高な力の前には
自然と頭が下がる思いがします。

共に苦労しながら交わした情と、
何にも増して強い(その)力は、
時代と世界を超越して存在する事を痛感しています。
(『真の父母經』)


“親の心、子知らず"という言葉があります。
また「親を養わんと欲すれば、親いまさず」
(親に尽くし得なかったことを、今してあげたいと思っても、
親はもうこの世にいない)(『小学』外篇)という言葉があります。

御言にも次のような御言がありました。

自分たちを育てておいて霊界に行った父母を考えるとき、
一生の間信じることができずに親不孝した、
その親不孝に対する悔い改めの心を
忘れることができないのです。
(2006.1.1)
親が子のために生きてあらゆることを教えても子が悟らなければ、
親が自らを祭物にし、その死によって悔い改めさせ、
子に悟らせて勝利させるしかない、と。


真の御父様は2012年4月27日の天正宮の訓読会で、

このままでは誰一人、『基元節』に
天の前へ連れて入ることのできる人がいない。

全員が40日断食をしてでも、これまでの歩みを反省し、
悔い改めて、30日原理本体論特別教育に参加し、
氏族的メシヤを勝利して『基元節』を迎えなければならない。

過去のすべての事は問わない。
原理本体論の絶対『性』の教育をもって走れ。

と指示され

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訓読会では泣かれながら、話すこともできない状態となり、
食堂に向かうときには号泣しておられました。

そして巨文島に向かうヘリ機の中で
「統一教会をもう一度やり直したい」と言われ、泣き続けられたのです。

2012年に入り、真の御父様は、訓読会で泣かれることが多くなりました。


真の御父様の指示で2012年7月に中央修練院で開催された
「原理本体論30日特別教育」において、
劉正玉先生が次のように語られています。

「勝利された父母ですから、子のためにそうやって苦労する父母ですけれども、
その場に行ってみたら、ご自身に従ってきた者の中で
資格を持った者が誰もいなかった。

子女たちを保護するための家庭を与えたのに、
どの家庭も父母様と共に行く家庭がいない。

ですから、父母様は一生を血を流してサタンからの攻撃を防いできたのに、
連れて行くことができる人がいないので、
どれほど胸がつまることでしょうか。

ですから最近の御父様を見てください。
今まで個人的に涙を流すのを見たことがありません。

祈祷するときには、本当にあふるる涙を流すことはありました。
御言を語りながら涙を流すことはほとんどありませんでした。

しかし最近は御言を語りながら、喉がつまって御言を語れない時が多く、
その姿を見せまいとしている姿、そうやって生きておられる父母様です。

…一生、苦労して勝利の栄光の日を迎えようとしたにもかかわらず、
私達が勝利して侍れないために、その日を迎えられない。
そのための涙を子に見せまいと苦悶しながらも泣かれてしまう…」
(2012.7.27)

弟子たちがいかに愚かなものたちだからと言って、
統一教会を滅ぼして、もう一度初めからやり直す事はできません。

そこで弟子たちに心底から自覚させ、決意させ、勝利させるために、




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「いつもこのように先生が導いてあげていては、
先生がいない時はどうするのですか」
(1979.4.15)



「先生が願うことは、
先生を愛する前に神様を愛することです。

…ですから、神様を愛するために、
先生が千里、万里の巡礼の道に出かけたとしても
寂しく思ってはいけないというのです。

皆さんは先生を愛する前に神様を愛さなければならず、
世界人類を愛さなければなりません」
(1969.2.2)



「私にも突然死ぬ日が来るのです。
しかし、私は別の世界で考え続け、働き続けるので、
死などはありません。

…私が霊界に帰る時、私は道を開くことができます。
地上で苦労している者たちを助けることができるのです。

…また霊界では、神の名によって苦労した者たち、
そういう人たちは、霊界でも中心的な立場にいるのですが、
とりわけ歴史上の苦労した聖人たちと一緒にいて、
彼らをまとめ、ひきあげ、
この世界の苦労の解放を早めるのです。

…私は霊界にいても、地上にいても働き続けます。
私が死んで霊界に行ったとしても、
いつでもあなた方に現われてあげましょう。
同じように、同じ伝統をもって、
この地上に完全な神の国を造るまで。」
(1976.9.20)


「私が死んだとしても、霊界に行きません。
地上で皆さんを指導するでしょう」
(2010.8.16)



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2012年天暦8月8日(9月23日)、真のお父様が聖和されてから21日目の早朝に下さった真のお母様のみ言

愛する食口の皆さん
真のお父様の聖和において、皆様の深い愛と精誠をもって最善を尽くそうと天の前に誓いました。
真のお父様にも、地上のことは心配なさらずに安らかに行って下さいと、お願いした心を私たちは皆記憶しています。

お父様は生涯ご自身を顧みられず、神様の解放と人類の救援のためにご自身のお体を火で燃やすほど犠牲にされながらご尽力されました。
そして誰も想像することが出来ないほど多くの業績を残されて、真の父母様だけがなせる権能を行使されながら神様を解放して差し上げられ、神様が直接この地上と霊界を治めることができる門を大きく開かれました。

このように長い年月を通して一心に一つのみ旨に没頭され、ただ為に生きる人生をご自身のお体を顧みることもなく一分一秒を惜しまれながら、常に時間がなく不足な心情と思われながら歩んで来られました。
時には食事も適度にすることもできずに歩まれる日も多く、肉身が生存するために必要とする休息というものを考えることもできませんでした。

お父様は元来とても健康なお体でお生まれになられたため、管理だけでもしっかりされればもっと長く生きることが出来たのですが、最近数年間は一日を千年の如く感じられると語られながら大変お忙しく動かれました。今回も病院に行くのをとても嫌がられ、ご自身が全てを主管される位置にいらっしゃったために、何もして差し上げることが出来ませんでした。

特に外国に渡られる時においても、南北を往来されるよりも東西を横断される時のほうが(時差のため)お父様のお歳を考えた時に、医学的には可能な限り長距離の旅行をしてはならず、もししたとしても2~3年に1回程度が良いと言われています。しかしながらお父様は昨年だけでも8回も往来されました。何故そのような人生を歩まれたのでしょうか?

お父様は基元節を定められましたが、その間に霊界へ行かれることをご存じであられました。
だからこそ一分一秒でも無駄にすることができず、お体を酷使される行動を私たちに見せられたのです。
それを知る立場の私としては、どのような言い訳をしたとしても防ぎたかったのです。
ある時は私の身体の調子が悪くて、ついて行くことが出来ませんとお伝えしたこともあります。
そうしたらご自身お一人で行かれると言われました。そのように無理をする生活を継続して来られました。

 皆さん、私たちが乗る車も、工場で使う機械も、時々油を差して整備をすることでより長く使用することができるように、人間の身体も老ける前にさまざまな方法で若さを維持できるように努力するのがこの時代のあり方ではありませんか?
しかしお父様はそれらを全て超越して生きて来られました。

 そのように無理な日程で、訓読会の時も十時間以上いつもみ言を語られ、ヘリコプターで巨文島や麗水を訪問したりもされ、無理に無理を重ねられてついには風邪をひかれてしまいました。

お父様の年齢に置かれては、風邪をひくというのは最も恐ろしいことです。
すぐにでも病院に向かい処置をしなければならないのに、時間が少しかかってしまいました。
それで風邪をこじらせて肺炎になられてしまい、肺機能が弱まり結局は合併症で状態が一層悪化してしまいました。
お父様は願われませんでしたが病院に入院せざるを得なくなり、ただ衰弱していく状態でありました。
今年8月初め病院で10日間にわたり全ての検査を終えられて、一旦病院から退院したいとおっしゃいました。
病院が監獄のようだと辛そうにされたので、仕方なく退院するようにいたししました。
8月12日のことでした。
退院されて天正宮に1日中いらっしゃった時、お父様は周囲の補佐官に「私は今日、オンマ(お母さん)と一緒に向かい合って食事をしたい。」とおっしゃいました。
いつも私は横に座って一緒に食事をするのですが、その日だけは「向き合ってオンマの顔を見ながら食事がしたい。」と言われて、そのように食事の席を準備いたしました。

そこでお父様はお食事を召し上がらずに、私の顔をじーっと見つめられました。
おそらくお父様の心の中に私の顔を刻み込んでおられるようでした。
私は心の中で涙が溢れてきましたが、笑みを浮かべつつ、これも、あれも美味しいですよとお勧めいたしました。

そのような時間を過ごすようになり、私はもっと深刻になりました。
それで出来ることならば安静を保つようにして頂きたかったのです。
けれどもしきりに天正宮のあちらこちらを回られると言われながら、補佐官たちに慌ただしく催促されました。
8月13日は太陽の日差しが非常に強かったのです。
にもかかわらずその痛いほどの日差しを受けられながらも、一抱えではきかないほどの大きな酸素ボンベを持って回らなければならない立場であることをご存知でありながら、しきりに見て回るとおっしゃったのです。

天正宮を一回りし、山の麓の清心中高等学校と公園を回り、清心ワールドセンターと修錬苑までずっと回って来られました。
そして天正宮の居間で録音機を持って来いと命じられました。
お父様は録音機を直接手に持たれながら、10分ほど深く考えられた後にみ言を録音されました。

皆さんも録音を通じ肉声を直接聞いてご存知のように、お父様はその日天正宮の居間において、また奥の居間と清心病院に向かわれた時にも、このように3回ずつ同じように「全て成した!全て成した!」と語られながら、「全てのものを天の前にお返しする」と激しく呼吸をされながら祈祷されました。
「完成 完結 完了された」と強調されました。
そして私の手を掴み、「オンマ、ありがとう!オンマ、よろしくたのむ!」とも語られました。

このようにされたのは何を意味するのでしょうか?
時々み言の中で「私は行く時になった。私が行く時を知っている。」など、このようなみ言を数多く語られたのですが、最後にそのような準備をされた期間であったことは間違いありませんでした。
これはお父様が発たれる前のひとつの逸話ですけれども、実際にはそれよりも多くの内容をお父様と共にした日々でした。

お食事をされる時も私と並んで座りながら召し上がって頂く立場でしたが、私を意識されて片方の手で私の手を必ず掴んで召し上がっておられました。
そのようなことを思う度に、そのようなお父様をもっと安楽にして差し上げることが出来ないままお送りしてしまったことが、とても申し訳なくて心が痛みます。

少し休んで下さいとお勧めすると「オンマの膝で横になりたい」と言われながらうたた寝をされたりもしました。
健康であられた時は一度もされなかったそのような行動を、近頃はたくさんされました。

一生涯を通じて誰よりも強く生きて来られたお父様でしたが、お体が大変になられてからは子供がお母さんを必要として頼って来るように、いつも私のそばに近くでいたいと言われました。
昨日、ある食口がお父様をお送りしながら、とても寂しくお父様が懐かしくて、お母様のお顔だけでも1度拝顔できれば力が湧いてくると思うので、天福宮にお越し頂けないかという話を伝え聞きました。

私がどうして行くことができないでしょうか?
しかし今は40日間の上食(喪家で霊前に供える食事)を捧げる期間であり、今日は21日目です。
お父様は天上でお仕事をされながら、食事の時間には違わずお越しになります。
上食は午前7時、正午、午後6時と定めました。普段はそのようにできませんでしたが、霊界に行かれた後は必ず時間を守られます。

私はそれを実感しています。
私は今、毎日お父様と対話をしながら過ごしています。
お父様が平素より好まれた味噌チゲやおかずなど、あれこれを説明しながらおいしく召し上がって頂くようにお勧めして食膳を上げています。
一日3回の上食を捧げるために、私には自由な時間がありません。
お父様の生前にはこのように時間を合わせ適時にお捧げすることが出来なかったために、この期間だけでも私が精誠を尽くして侍らなければならない理由です。

皆さん、お父様が聖和されたその瞬間、私はお父様と人類のために願われて志された内容を、私の生命が果てる日まで成就して差し上げると約束致しました。
ですから私は今忙しいのです。
複雑な韓国の事情を再整備し、一心不乱に統一教が神霊と真理を中心としていく教会の伝統を立てようと考えています。
自発的な教会として成長させようという目標を立て、最近は多くの幹部たちと指導者たちの報告を受けて新しい計画を樹立していますので、皆さんもう少し待っていて下さい。

6000年ぶりに初めて来られた再臨主、救世主、メシヤであられる真の父母様を送って下さいましたが、40日の精誠だけでよろしいのでしょうか? 100日の精誠であれば良いでしょうか? 

侍る精誠には終わりを語ることができません。
皆さんもこれから韓国で新しく進められる全ての内容が、お母様を中心になされることであるという点を理解して下さるようにお願いします。

一次目標は、基元節まで全力投球 死生決断で天一国を定着させなければなりません。
この国と全ての民が、真の父母様によって祝福を受けなければならない責任が皆さんにあるということを忘れないでください。
皆さんも一層力を出して、百倍、千倍、もっと努力する道だけが、お父様から受けた愛と恩恵に報いる道です。

皆さん、私たちの統一教会をこれからは生き生きと息づく草創期の教会として作っていくつもりです。
数字や制度に束縛されずに、より自発的で創意的な、躍動する教会として発展させていくでしょう。
いつでも行きたくて留まっていたい私たちの家、暖かいお母さんの懐のような、原理と愛を中心とした教会に作っていきます。
草創期のように、いつも教会から原理講義の声が絶えないように作っていきます。
皆さん全員が毎日毎日行うことに感謝しながら、祝福を受ける人となり生涯で最大の実績を捧げて下さい。

基元節まで余り残っていません。そのような皆さんとなるように、もう一度お願い致します。



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「 天一国經典 天聖經 第十二篇 第四章 第三節 P・1368 第十三篇 第三章 第二節 P1537~1539 」

未来を約束する蕩減 神様の摂理歴史は、蕩減を経なければ発展がありません。 蕩減は悪いことばかりではないのです。未来を約束してくれるからです。蕩減復帰摂理は、簡単に完成するものではなく、段階的に蕩減を払っていかなければ、発展していかないというのです。歴史始まって以来、その当代において「すべて成し遂げた。神様を解放してさしあげ、私が完成、完結、完了した。今から摂理歴史は新しく出発する」と宣布して天命を完遂された方が、この世の中にいたでしょうか。皆さんは今、摂理の中心に立っています。祝福された位置だというのです。(2012.11.24)

精誠と祈祷生活
真のお父様は、数多くの漢字の中からたった一字だけ選ぶとすれば、「誠」の字を挙げられるというほど、精誠の重要性を強調された。精誠とは、み言を生活の中で成し遂げることである。それが、天を感動させ、人を感化させることのできる信仰生活の基本となるからである。真の父母様は、精誠を尽くす人や、精誠を尽くした物を、常に何よりも貴く思われた。そして、祈れば神様が必ず成就してくださるという信念をもって祈ることと、祈りに先立って実践することを強調された。
精誠を尽くすことができない人は、弁明が多いのです。精誠を尽くす人は、度数をより大きくして尽くすべきことがいくらでも残っているので、弁明できないというのです。ですから、神様は沈黙を守ります。創世以来、今まで一言も語らず、精誠を尽くしているのです。神様は、全体のために、どんな存在とも関係を結んでいないものはないと言える位置に立つために、低い世界がより高い世界に進めるよう、今もさらに多くの精誠を尽くし、さらに多くの忠誠を尽くしているというのです。
今、父母様が行く道も、それと同じです。いつも新たに出発するというのです。それは、新しい精誠が加重されなければならないということです。そこには敗者の悲しみが伴うことはありません。勝者の喜びだけが伴うのです。(1996.2.18)













サンクチュアリ教会(文亨進様の教会)とは?

430双 氏族メシア勝利者 60家庭出現 

サンクチュアリ教会の迷惑行為・祝福結婚詐欺?

サンクチュアリ教会が認めたくない・訓読したくないお父様のみ言の数々

天聖経 直さないといけないところが多い。(文鮮明先生み言選集610巻278ページ)2009年4月27日の訓読会

サンクチュアリ教会の人 や 亨進様 は、黒い天聖経を読んでいるのですか?
2010年に天聖経は改訂されていない。


真のお母様が地獄に落ちるなら、お父様も地獄? 楽園?

ブログの嘘 

2007年5月11日  真のお父様が「お母様は 2013年6月16日までに自身を完成させなければならない。」とおっしゃった。
という嘘


サンクチュアリ教会が大騒ぎして論説したこと

サンクチュアリ教会の人からメールが来ました。
複数の分派が食口の奪い合いをしているみたいです。
お父様を信じているなら、なぜ氏族メシア活動をしないのですか?


七年の大患難

清平での解怨が再開され、誰が一番得をするのか?。


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神様が大好きです。 
教会に行くと神様を近く感じます。
6500双の祝福家庭です。
主人が二世中高生部のお手伝いをしているため、中高生部の記事も時々書きます。

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